紅と香
百年という時間を重ねた建物には、そこにしかない記憶が残っています。
大正期に診療所として建てられ、長く静かな時間を過ごしてきた小さな洋館。
この改修では、新しくつくることよりも、建物が積み重ねてきた時間を丁寧に受け止めることから設計を始めました。
外壁を覆っていたタイルや洗い出し仕上げは、一枚ずつ、一欠片ずつ状態を確かめながら解体しました。
再び使えるものはできる限り建物へ戻し、新しい素材は、その時間に寄り添うよう静かに加えています。
玄関庇の金物やガラス、細かな装飾も磨き直し、この建物が歩んできた時間をそのまま次の世代へ受け渡したいと考えました。
内部には、この洋館がもともと持っていた吹き抜け空間が広がっています。
光が落ち、風が巡る大きな余白は、展示や催し、人が集う時間を受け止める器となります。
決まった使い方ではなく、人の営みによって少しずつ風景が育っていく場所です。
この建物の新しい住人は、発酵茶を扱う店主でした。
お茶について語る店主の姿は、とても生き生きとしていました。
その姿こそ、この空間の主役になるべきだと考えました。
空間の中心には、小さなステージを設けています。
無機質なコンクリートでつくられた舞台の上で、お茶を淹れ、その香りや味わい、背景にある物語を伝えていく。
静かな背景があるからこそ、人の所作や湯気の揺らぎ、お茶が持つ豊かな時間が際立ちます。
外壁に使われたタイルは、そのまま室内へと続きます。
外と内を分ける境界ではなく、建物の記憶がそのまま空間を貫いていくように。
棚には、有田焼をつくる際に使われる皿板を用いました。
壁との境界をできるだけ曖昧にすることで、皿板はまるで空間に浮かんでいるように見えます。そこに並ぶ茶葉や茶器が、静かに引き立つことを目指しました。
二階では、改修によって現れた力強いトラス構造をそのまま現しています。
長い年月を支え続けてきた建物の骨格は、新たにつくることのできない時間の美しさを静かに語りかけています。
建物が受け継いできた時間と、店主がお茶に注ぐ時間。
その二つの時間が重なり、この洋館は再び人が集い、語らい、新しい記憶を育んでいく場所となりました。









